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World Journal

外資系金融機関勤務の著者がFXなどの投資系、金融系コラムを中心に書くブログ

誰かに認めてもらいたいという病

人間誰もが誰かに認めて欲しいと思っている。自分の実力、価値、はたまた存在まで、人は誰かに認めてもらいたい生き物だ。いわゆる、承認欲求というやつだ。

この承認欲求は非常に強い感情で、この感情が満たされないと人は時におかしくなってしまう。まるで、自分はこの世に一人きりで、誰にも受け入れてもらえず、存在する価値が無い人間だと思ってしまう。こんな経験がある人も少なくないだろう。


もちろん、誰かに自分を認めてもらうために一生懸命になるといったプラスの側面もあるし、誰かに認めてもらいたいと思うことは決して悪いことじゃない。しかし、これは同時に誰かに認めてもらわないと耐えられないという精神状況を作り出してしまうこともある。

認めてもらうというのには2種類あると思う。許容と評価だ。許容とは、自分の存在を他者が受け入れてくれることだ。家族や友人、恋人などが許容の拠り所となる。評価とは、自分の実力や価値を認めてくれることだ。職場における評判や昇進がその典型だ。

人は、他人に許容されたり、評価されると嬉しいものだ。だから、好きな子に猛アプローチしたり、仕事で一生懸命がんばったりする。そして、自分の恋人になってくれたり、職場で自分の働きが認められると天にも昇るような気持ちになる。

しかし、逆にどんなにがんばっても許容されなかったり、評価されない場合というのも必ず存在する。どんなにがんばっても認めてもらえない。こういう時、人はとことん惨めになる。そして、この時に誰かに認めてもらいたい病が発病する。誰かに認めてもらえないと耐えられない。

たとえば就職活動での面接。どんなに自己PRしても、どんなに熱く志望理由を語っても、届くのはお祈りメールばかり。こうなると、人は今まで自分がしてきたことを否定され、自分が拒否されたように感じる。誰からも認めてもらえない。拒絶に耐えきれなくなると、自殺してしまうこともある。

とにかく自分を認めて欲しい。自分を許容して欲しい。自分を評価してほしい。こういう状態になると非常に危険だ。意味のない言動や、ささいなことで自分は無価値な人間だと思い込む。自分は必要とされていない人間だと自分を蔑む。完全に誰かに認めてもらいたい病にかかっている。

重要なのは、こういうことを経験するのは決して自分一人だけではないということだ。多くの人間もこういう拒絶を経験している。しかし、過度に誰かに認めてもらいたいという承認欲求が強くなると、人は壊れてしまう。拒絶に耐えきれなくなる。どこかで、ポッキリと幹が折れてしまう。

もし、いま自分が誰からも認めてもらえないと悩んでいるのなら、それは誰かに認めてもらいたい病にかかっているかもしれない。大事なのは、自分がそういう状態にいるということを認識することだ。そして、家族や友人に相談したり、あるいはカウンセラーに相談すること。とにかく、自分の居場所を作ることが必要だ。そうでないと、ある日ポッキリと何かが折れてしまう。

誰かに認めてもらいたいという欲求は自然なものであり良いものだが、時にはそれが病気になってしまうこともある。無理に誰かに認めてもらいたいと思う必要もない。まずは、自分の居場所を作ること。2chでもカウンセラーでも家族でもいい。強すぎる承認欲求には、十分に注意したほうがいい。

自分に気づく心理学

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